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厚岸大橋を渡っておよそ1km。左手の裏通りに飲食店が軒を連ねる一角がある。ここまで来れば、酒亭八千代はすぐ分かる。鮮やかな紫紺染めの暖簾に、趣ある柔らかな筆遣い。八千代の三文字が風に揺れている。
昭和26年の開店から今年で56年目。小料理、割烹、そして現在の酒亭へ。八千代がその冠を改めた歴史は、そのまま街の変遷を物語っているかのようだ。菊池陽子さんは、大波小波を小柄な体で漕ぎわけて、母や妹とともに暖 簾を守り生きてきた。
菊池家は、戦後の混乱期に父親を亡くした。お母さんは住んでいた釧路市を離れ、知人を頼って厚岸町の小料理屋に職を得る。まもなく、5人の子供たちを呼び寄せて「小料理 八千代」を開いた。八千代は、お母さんの名前。当時20歳だった長女、陽子さんが片腕となった。「毎晩、芸者衆がお座敷に上がる賑やかな時代でね。長唄の音色が大好きで、すぐに習い始めました」。懐かしそうに目を細めて、そう話す。「昭和38年から40年初めが、一番忙しくて華やかだったわ。とにかく町全体の羽振りが良かったの。私自身も、時間をやり繰りして調理師の資格を取り、運転免許も取って。それは目まぐるしい毎日だったけど楽しかったぁ」。
やがて、妹さんは嫁ぎ、昭和61年には母、八千代さんが他界。以来、一人でお店を切り盛りしている。
スキッと和服を着こなし、真っ白い割烹着で毎晩お店に立つ。キリッと清々しい陽子さんだが、16年前にクモ膜下出血で入院したこともあった。
「病気はなんとか乗り越えたけれど、このところの不景気でしょ。色々と苦労は尽きないの。それでも、常連のお客さんに「頑張れ、通うからな」って応援されて続けてるのよ」と、苦笑い。開店当初からの地元客は、親子で訪れるようになり、孫も加わり、今では4代目が家訓のように通って来るという。
厚岸と言えば、やはり牡蠣。湯豆腐は、大粒のそれが5粒もでんとのって500円。「牡蠣のお値段しか頂いてないの」。地元の特産を食べて欲しいという、女将の心意気だ。
人気の鳥もつ鍋は、下ごしらえに手間暇を惜しまないのが八千代流、味の決めて(1人前1500円)。牛ロースを大根おろしと醤油で食べる和風ステーキも評判の一品(1500円)。
炉端で威風を放つ年代物の炉カギは、何と文久元年製の骨董品。陽子さんの骨董好きを知るお馴染みさんから譲り受け、丹念に丹念に磨きあげた宝物だ。
2月3月は、牡蠣の旬。重厚な炉カギの横で、炭火に炙られて口を開いた旨汁たっぷりの牡蠣貝で熱燗を一献傾けるなんて雰囲気最高。想像しただけで生唾が口に溢れてしまう。
そうそう、厚岸のコマイもぜひお試しいただきたい。よそより一回りは大きくて、身厚で香ばしい。こちらも、女将お薦めの厚岸名物の逸品。
厚岸町松葉町3−13 TEL0153−52−3268
【営業】午後6時〜午前0時・不定休
カウンター9席、宴会場40名様まで。
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